2020年10月14日

ADHDの正体: その診断は正しいのか   岡田 尊司 (著)

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 虐待などの幼い頃の不利な養育環境が、時間を経てからASD・ADHDのような症状を生じる要因となっていることは以前から、杉山登志郎先生等によって言われてきている。著者の岡田尊司先生は社会性や多動・衝動性、不注意といった問題は養育の影響を受けやすいと述べている。そして、今日、社会全体でみてのADHDやASDの有病率の増加の一因として、不利な養育要因による疑似ADHDや疑似ASDが含まれている可能性を指摘している。
 岡田先生は症状診断の危うさも指摘しており、一口に「不注意」「多動」といっても、ASDにも認められることがあり、その鑑別が必要であるという。ADHDでは注意の転導性(方向が変わりやすい性質)が強まっており、注意の維持が困難になり、行動も持続せず、多動や衝動性として表面化する。それに対して、選択的注意や注意の配分は、ASDの場合に顕著な低下がみられることが多い。一方的に自分に興味のあることを話したり、感覚が過敏だったり、想定外のことにパニックを起こしたりするのもASDに特徴的で、幼い頃は多動傾向や恐れを知らない大胆さがみられることもあり、ADHDと間違われることもある。ASDで選択的注意が妨げられやすいのは、根本的な障害である過敏性のためであると考えられる。ASDはまた一つのものに固執し、切り替えが苦手であり、結果的に過集中になりやすく、ほかの肝心なことを聞き逃したりするためADHDと間違われやすい。またASDでは体を揺らしたり、ぐるぐる同じところを歩き回ったり、同じパターンの行動を繰り返すことがあるが、「多動」症状と紛らわしい。
 さらに症状診断を難しくしているのは本来の発達障害に不利な養育環境が重なっている場合もある。発達障害の子供はその育てにくさから、親から虐待を受けやすい。


 発達障害は過剰診断・過少診断に陥らないような慎重な診断と個別の多角的な治療戦略が必要である。私自身、クリニックの発達障害の患者さんの診療場面で、時に間違った診たてに気づかされ、軌道修正をしながら治療を進めていくことがあり、診たての難しさを常日頃感じさせられている。




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2020年10月13日

働く人のこころのケア・ガイドブック  福田真也

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 精神疾患ではじめて仕事を休むことになった患者さんは、知らないこと未経験のことばかりで、どのようにして自分が元気になり復職に至るかというイメージがつかめません。休むこと自体が不安になってしまうこともあります。
 休むとはどうすごすことなのか?、病者の役割とは何か?休んだ時の経済的なことはどうなるのか?リワークとは?復職の具体的な流れは?などといった患者さんが知りたいことが網羅されています。
 認知力が回復しきらない時でも読めるように親切でわかりやすく書かれています。休むことへの不安を軽減してくれる本だと思います。これから診察場面でも患者さんにこの本を紹介していこうと思いました。


タグ:うつ病 復職
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2020年09月03日

慢性痛のサイエンス 半場道子 (その1)

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1. 痛みを抑制する脳内機構:Mesolimbic dopamine system(中脳辺縁ドパミン系)
 「報酬回路」「快の情動系」だけでなく「痛み」の制御もつかさどっている。「快」と「痛み」とは、まったく対局の情動と思われるが、快情動と痛みの脳内回路網はぴったり重なる。慢性疼痛患者の多くは全身の疼痛過敏に悩まされるだけでなく、生きる意味を失い、感情喪失(anhedonia)に陥っている。

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 Mesolimbic dopamine systemは中脳腹側被蓋野(ventral tegmental area: VTA)のドパミンニューロンから発し、内側前脳束を経て腹側線条体の側坐核(nucleus accumbens: NAc)、腹側淡蒼球(ventral pallidum: VP)、嗅結節、扁桃体(amygdala: Amy)、海馬(hippocampus: HP)、中隔、前帯状皮質(anterior cingulate cortex: ACC)、前頭前皮質(prefrontal cortex: PFC)などへ軸索を伸ばすA10神経である。

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Nucleus_accumbens_MRI.png←側坐核

 私たちが何かを渇望したとき、試験に合格したとき、褒められたとき名演奏を聴いてぞくぞくしたときなど、VTAからNAcやVPに向けてドパミンが放出される。NAcニューロンがドパミンを受けて興奮すると、脳内のμーオピオイドが活性化し、幸福感、高揚感、達成感に包まれる。このドパミンシステムは生存に必要なエサ、水、交尾の対象など、報酬が期待される場合に活発化する原始的な系である。自律神経系や免疫系との活動とも直結し、根源的な生命活動として、様々な神経核にpositive actionを引き起こす。
 Mesolimbic dopamine systemは、生体が侵襲されて痛みを感じたときにも機能を発揮し、鎮痛をもたらす。侵害信号が脊髄後角から、脳幹の腕傍核(nucleus parabrachialis: PB)を経てVTAに伝わると、VTAのドパミンニューロンに活動電位の群発射が起きる。そしてニューロンの軸索先端から、高濃度のドパミンがNAcやVPに向けて放出される。
 ドパミンを受けてNAcニューロンが興奮すると、NAcのμーオピオイド受容体が活性化し、次いでμーオピオイド受容体を介した神経伝達が、内因性オピオイドを含む多くの神経核に一斉に起こってくる。μーオピオイド受容体を介した神経伝達によって活性化するのは、VP、吻側前帯状皮質(rACC)、眼窩前頭皮質(OFC)、前部島皮質(anterior insular cortex: AIC)、視床下部(Hypo)、Amy、HP、中脳水道周囲灰白質(PAG)などである。
 そしてこのとき、rACC、Amy、Hypoからの興奮性入力を受けてPAGが興奮すると,下行性疼痛抑制系が活性化して、侵害信号の伝達を脊髄後角レベルで抑制・遮断する。下行性疼痛抑制系とは、中脳や脳幹から下行する抑制系投射が、脊髄後角で侵害性信号の伝達を抑制・遮断して、鎮痛をもたらす機構である
 ドパミン・オピオイドシステムによる痛みの抑制は進化の過程で捕食者に襲われて怪我しながらも逃げて命を永らえさせる系として発達したと考えられている。命の危機という非常事態にあっては上行する侵害性入力は瞬時に遮断されて鎮痛と救命の方向に衝く。

後角
腕傍核(PB)
中脳腹側被蓋野(VTA)
【ドパミン
側坐核(NAc)・腹側淡蒼球(VP)
【μーオピオイド
吻側前帯状皮質(rACC)・視床下部(Hypo)・扁桃体(Amy)
中脳水道周囲灰白質(PAG)
下行性疼痛抑制系
後角


 モルヒネはPAGや傍巨大細胞網様核のオピオイド受容体に作用して、下行性疼痛抑制系を賦活させ、侵害信号の伝達を脊髄後角で抑制することによって鎮痛作用を発揮している。

2.側坐核(NAc: nucleus accumbens)は疼痛の慢性化に大きな役割を果たしている
 急性痛が慢性痛へ転化してしまうのか健常状態へ回復できるか重要な鍵を握るのはNAcのニューロン活動である。NAcは情動系のACC,Amy,Hippocampusと密接に連絡して快情動の発現に関与し、生きる意欲や自律神経系などの根源的な生命活動と関係している。しかし、他方では思考、期待、自己優越性の確立、楽観性の獲得などと関係している。
 これほど重要な役割を有する側坐核であるが、生体が過酷なストレスを過剰に受けると、側坐核のニューロン活動が90日以上にわたって停止してしまう(Lemos JC et al, 2012)。NAcにニューロン活動停止が起こると、ドパミンシステムは機能破綻を起こすため、ほんの些細な刺激に対しても「痛い、痛い」と悲鳴を上げる病的な状態に陥る。同時に生きる意欲が低下し、根源的な生命活動である、睡眠、食欲、自律神経活動などが障害される。このような痛みはdysfunctional pain(中枢機能障害性疼痛)と呼ばれている。
posted by やなぎまちストレスクリニック at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記