1. 痛みを抑制する脳内機構:Mesolimbic dopamine system(中脳辺縁ドパミン系)
「報酬回路」「快の情動系」だけでなく「痛み」の制御もつかさどっている。「快」と「痛み」とは、まったく対局の情動と思われるが、快情動と痛みの脳内回路網はぴったり重なる。慢性疼痛患者の多くは全身の疼痛過敏に悩まされるだけでなく、生きる意味を失い、感情喪失(anhedonia)に陥っている。
Mesolimbic dopamine systemは中脳腹側被蓋野(ventral tegmental area: VTA)のドパミンニューロンから発し、内側前脳束を経て腹側線条体の側坐核(nucleus accumbens: NAc)、腹側淡蒼球(ventral pallidum: VP)、嗅結節、扁桃体(amygdala: Amy)、海馬(hippocampus: HP)、中隔、前帯状皮質(anterior cingulate cortex: ACC)、前頭前皮質(prefrontal cortex: PFC)などへ軸索を伸ばすA10神経である。
←側坐核 私たちが何かを渇望したとき、試験に合格したとき、褒められたとき名演奏を聴いてぞくぞくしたときなど、VTAからNAcやVPに向けてドパミンが放出される。NAcニューロンがドパミンを受けて興奮すると、脳内のμーオピオイドが活性化し、幸福感、高揚感、達成感に包まれる。このドパミンシステムは生存に必要なエサ、水、交尾の対象など、報酬が期待される場合に活発化する原始的な系である。自律神経系や免疫系との活動とも直結し、根源的な生命活動として、様々な神経核にpositive actionを引き起こす。
Mesolimbic dopamine systemは、生体が侵襲されて痛みを感じたときにも機能を発揮し、鎮痛をもたらす。侵害信号が脊髄後角から、脳幹の腕傍核(nucleus parabrachialis: PB)を経てVTAに伝わると、VTAのドパミンニューロンに活動電位の群発射が起きる。そしてニューロンの軸索先端から、高濃度のドパミンがNAcやVPに向けて放出される。
ドパミンを受けてNAcニューロンが興奮すると、NAcのμーオピオイド受容体が活性化し、次いでμーオピオイド受容体を介した神経伝達が、内因性オピオイドを含む多くの神経核に一斉に起こってくる。μーオピオイド受容体を介した神経伝達によって活性化するのは、VP、吻側前帯状皮質(rACC)、眼窩前頭皮質(OFC)、前部島皮質(anterior insular cortex: AIC)、視床下部(Hypo)、Amy、HP、中脳水道周囲灰白質(PAG)などである。
そしてこのとき、rACC、Amy、Hypoからの興奮性入力を受けてPAGが興奮すると,下行性疼痛抑制系が活性化して、侵害信号の伝達を脊髄後角レベルで抑制・遮断する。下行性疼痛抑制系とは、中脳や脳幹から下行する抑制系投射が、脊髄後角で侵害性信号の伝達を抑制・遮断して、鎮痛をもたらす機構である。
ドパミン・オピオイドシステムによる痛みの抑制は進化の過程で捕食者に襲われて怪我しながらも逃げて命を永らえさせる系として発達したと考えられている。命の危機という非常事態にあっては上行する侵害性入力は瞬時に遮断されて鎮痛と救命の方向に衝く。
後角
↓
腕傍核(PB)
↓
中脳腹側被蓋野(VTA)
【ドパミン】
↓
側坐核(NAc)・腹側淡蒼球(VP)
【μーオピオイド】
↓
吻側前帯状皮質(rACC)・視床下部(Hypo)・扁桃体(Amy)
↓
中脳水道周囲灰白質(PAG)
↓
下行性疼痛抑制系
↓
後角
モルヒネはPAGや傍巨大細胞網様核のオピオイド受容体に作用して、下行性疼痛抑制系を賦活させ、侵害信号の伝達を脊髄後角で抑制することによって鎮痛作用を発揮している。
2.側坐核(NAc: nucleus accumbens)は疼痛の慢性化に大きな役割を果たしている
急性痛が慢性痛へ転化してしまうのか健常状態へ回復できるか重要な鍵を握るのはNAcのニューロン活動である。NAcは情動系のACC,Amy,Hippocampusと密接に連絡して快情動の発現に関与し、生きる意欲や自律神経系などの根源的な生命活動と関係している。しかし、他方では思考、期待、自己優越性の確立、楽観性の獲得などと関係している。
posted by やなぎまちストレスクリニック at 00:19|
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